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心理カウンセラーの著者は、どれほど面談を重ねても年々患者が増えつづける状況に戸惑いを覚えていた。患者個人だけでなく、人々に葛藤を引き起こす社会の構造的問題に目を向ける必要があるのではないか。仕事を辞め、大学で新たに人類学を学びはじめた著者は、台湾北部の港湾都市・基隆(キールン)でフィールドワークを始める。そこは、2000年代を通じて、壮中年男性の自殺率が全国で最も高い場所だった。
この街は天然の良港といわれる基隆港を中心に発展してきた。そこでは苦力(クーリー)と呼ばれる大勢の男性肉体労働者が荷役を担い、台湾と外の世界とを結びつけていた。1972年、国際輸送のコンテナ化の趨勢に乗って基隆港がコンテナ埠頭となると、84年には世界第7位の規模を誇るまでに繁栄し、港湾労働者もまた隆盛を極めた。一方で、港を出入りする船に合わせた不規則な労働形態は、男たちを埠頭の外の世界と隔絶し、家族や地域社会から切り離していった。また、コンテナ化に伴い荷役が機械化されたことで、かつてのような大量の人手は必要でなくなった。港湾労働それ自体の変質は、いずれ彼らが切り捨てられることを意味していた。
2009年、すでに「死港」となった基隆港を中心にさまざまな場所を行き来するなかで、著者は、港湾労働者やその家族、埠頭周辺の人々の人生が、いかにこの国際港湾の盛衰に左右されてきたかを知ることとなる。
歴史から零れ落ちた人間の生を丹念な観察によって再構成し、台湾最大の文学賞・金鼎獎を得た、読む者の心を揺さぶる「悲哀のエスノグラフィー」。
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