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「花」とは日本の文芸論において,自然の呼びかけに応答した人々の美しい心を表わしてきた。自然(もの)と心と言葉との根源的な意味の連関,さらに「花」の自己変容と生のあり方を探究する歩みでもあった。
それらの伝統を踏まえた世阿弥の二十数編におよぶ「能楽論」は,父観阿弥が開いた能の世界を開花させる試みでもある。「謡曲」では能における「花」の成立の機微を多彩な場面の中で演じ,態(わざ)の習得と変容する「花」の探究,さらに観客と一つになる能舞台の実現に導く実践の場でもある。演者にとって完成はなく,到達とその否定の止まることがない繰り返しへの挑みであり,それにより態と人生を生きる究極の場に導かれる。
本書は能の指南書と脚本である世阿弥の能楽論と謡曲について,全体としての文脈を吟味しその基本構造を解明する独自の試みである。見事に結晶し開花した作品群を単なる意味づけではなく,作品が持つ内的生命についてテキストをして語らしめることにより明らかにする。
第Ⅰ部の能楽論では,「風姿花伝」「花鏡」など多数の作品により,「序破急」の成立構造を分析し,物まねと舞歌による「妙」の働きを解明,芸の到達と途上のあり様を示すとともに観客との一体感の成就を考察,能の展開の実相とその支えとなる心について考察する。
第Ⅱ部では謡曲の松風,忠度,八島,井筒,野宮の5作品を詳細に検討し,能楽論を踏まえた全体の流れの中で,これらの作品固有の表現を明らかにする。
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