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……母が92歳で介護施設に入居した2016(平成28)年、住人のいない実家を整理していた時に、段ボール箱にぎっしり詰め込まれた家計簿と、箱の上に積まれていた入りきらない家計簿を私は手に取った。段ボール箱の上には、母が書き残した言葉があった。 敦子へ お母さんが死んだらこれを大磯へ持っていって焼いて下さい思い出のつまった家計簿です よろしくネ… 平成二年九月十三日朝
元気だった頃の母との忘れられない光景が思い浮かんだ。以前、実家でこの箱を見せられた時に、右の母の言葉を読んで2人で笑い合ったものだ。「はいはい、ちゃんと焼きますよ」と母娘の会話は弾んだ。母は、それからもせっせと家計簿を書き続け、段ボール箱に積み重ねていった。力尽きて書けなくなり、それが、永久に途絶えることも、親子とも想像し得なかった、明るさに満ちていたあの日、あの頃。
取り出した母の日記兼家計簿を読み進めていき、はっと気づいた。平成2年9月13日は、思いもよらなかった母の乳癌が判明して病院へ入院した朝のことが書かれていた。母は覚悟して、あの段ボール箱の上に残る言葉を書いたのか? 母は私に何も語らなかったが、平成2年の36冊目の家計簿に記された内容が、9月13日の日付の意味をしっかり物語っていた。幸いにも手術後に母は快復し、闘病した分、健康に気を付けて長寿を重ねることができた事実も補足しておきたい。
家族の歴史56冊分の家計簿を、私は母が没する前年、大磯の自宅に持ち込んだ。母の寿命がそう長くないことを悟り、生きた証をまとめようと思っていた。ただし、焼くのはもう少し後にさせてください、と母への許しを心の中で乞う。
母没後からしばらく経って、「母の家計簿じまい」と名付け、1冊1冊を紐解いていった。……(「はじめに」より抜粋)
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