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この本は米国一辺倒の型にはめられたイラン観から離れて、その民族文化と風土が物語る、イラン人が共通に抱く強い民族情念の源流を辿っています。
著者は20代であった1980年代を通じ、ヨーロッパ・ギリシャから中近東を経てインドへ至る陸路を数往復し、その間、イラン・イラク戦争当時のイランへの入出国をしばしば繰り返していました。 1979年のイスラム革命後の混乱とイラク戦争、当時国内外に大きな緊張と苦難を抱えていたイラン。 著者はその様な世相の中でイラン人の高い文化性と、その背景に存在する民族の強い誇りと矜持の存在を次第に知っていく事となります。
その源流は2500年前のペルシャと拝火教(ゾロアスター教)という民族文化風土へと遡ります。 当時イランは東西のローマと中国を結び、中世には中央アジアを含む広大なペルシャ語文化圏という国際社会を築いた長大な歴史と深遠な文化を誇りました。 その足跡はシルクロード最果ての地、日本の奈良・平城京にも至っています。
6~7年に亘り著者はイラン各地を徘徊しながら、或る日突然、当局からスパイ容疑で拘束され国外退去となってしまいます。 但しその後も輸入商として近隣諸国や日本から長くイラン情勢を追う中、逆に一歩離れてイランを俯瞰視出来た時、散逸していた多くの事柄が一つにまとまっていく先に、イラン人が共通に抱く壮大な民族史ドラマが秘める熱いマグマともいえる情念の存在を知ります。 注意して見るならば、現在イランが示す国際社会への対応や言動の中にも、その歴史の陰に潜む涙と誇り、民族自決に対する強い矜持が潜んでいる事に気づかされる事でしょう。
更に、イラン現政権を牛耳る体制派とそれを否定する反体制派にしろ、すべてはイラン人が誇り守り続けて来た民族情念から振り出された、サイコロの目の一つなのだという理解に繋がります。 様々なイラン人による主張の陰には、その民族史が紡いできた共通の民族情念と強い誇りが横たわっており、それを見落としてイランは語れないでしょう。
例えば、女性のヘジャブ着用問題と同義のイランの民主化にしても、決して欧米イズムが提唱する普遍性や国際フェニミズムと同義な訳ではありません。 それはノーベル平和賞を受賞した人権活動家のナルゲス・モハンマディ女史による「私は抑圧や差別、専制に立ち上がった誇り高い数百万のイラン人女性の一人だ」とするメッセージにも如実に現れています。
誇りある多くのイラン人にとっては、自らの歴史的文化性や主張、権利を国際社会と共有したいと言う思いは非常に強い筈です。 本著では米国の独善によるプロパガンダや、ミサイルの性能比較、宗教論争に偏重した対立報道、それら型にはめられた視点とは一線を画して、あくまでもイランの民族文化と風土の匂いの源流を辿る事で見えて来る、彼等の誇りと主張の源流を追い求めます。そしてそれを知る処にこそ存在する対話の可能性を提言します。
【 覗く窓が異なれば、外の景色は決して同じでは有り得ない。 単なる対立の構図からイランを知る事は決して出来ない 】
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