今の時代はまさに経済、地政学、社会、文化そして人の価値観までもが、大きくかつ連続的に変化する「激変の社会」である。明治~大正期の日本も、現代と同じような「激変の社会」の渦中にあった。まだ女性経営者がめずらしかったその時代を生き抜いた実業家、広岡浅子にスポットをあてる。広岡浅子は、豪商「京都出水の三井家」に生まれる。1867年大坂の豪商「加島屋」に嫁ぎ、明治維新後の経営を立て直す。1884年炭鉱経営に乗り出し、1888年に加島銀行を設立、1902年には大同生命の創業に参加する等、商才を発揮した。1901年には日本で最初の日本女子大学校(後の日本女子大学)の創立に携わった。実業界から引退後は社会活動を行った。
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