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二千年ほど前、日本列島をなす島々では、人々がやまとことばを話しながら暮らしていました。
そのことばには地域ごとに違いもあったことでしょう。
その中心である近畿や九州北部などの地に、中国大陸や朝鮮半島から、漢字という文字が伝来します。
初めは、そこから渡来した人たちに漢字を教わりながら、漢文を読んでいましたが、
次第に先人たちは日本語を漢字で書く試みも始めます。
五、六世紀頃には、すでにそうした努力がなされていたことが明らかになっています。
飛鳥時代になると、すでに習得した漢字に応用を加えて日本語を書き表そうとしはじめます。
不思議な力を感じる植物であるツバキは、大切なものなのにしっくりくる漢字がないようだから、
自分で作ってみよう。
ツバキは木の名前だから「松」「梅」のように木偏にして、
旁の部分には意味を考えて春に咲く字だから「春」と書こう。
このようにして、中国では「椿」はチンと読む別の木の名前でしたが、
それを知ってか知らずか、そこに意味を追加したわけです。
このような日本独自の字義を国訓と呼びます。
海で穫れるイワシという魚を、文書や荷物に荷札として付けた木簡に書きとどめたい。
万葉仮名で「伊和之」と書いてみたけれど、三文字もあって長いし、
漢字の「鯉」「鮒」のような魚の名っぽさが字面から感じられない。
そこで、弱い魚だから「鰯」と作ってみよう、としたのです。
こうした日本製の漢字を国字と呼びます。
国字や国訓は、江戸時代に幕臣の新井白石が作った用語でした。
国字だけでも集めてみると、数千種類はあるのですが、
日本語をすべて書き表すためのものではありません。
漢字だけで書いた文章から、平安時代には漢字仮名交じりの文章ができて、
出来合いの漢字を補うために、国字や国訓はさまざまな書き手によって作られ、
歴代のたくさんの人たちによって選ばれ、使われることで広まってきました。
録音技術のない時代において、ことばは話すそばから消えていきましたが、
文字は書いた当時の紙や石碑などとともに時空を超えて残るものです。
それらの読み方は古語になったとしても、国字や国訓にどこかしっくりくるところがあるとすれば、
それは日本のことばを話す祖先たちの、自然が豊かな地で暮らす中で培ってきた感性や直観、
そして知性が込められているからではないでしょうか。
国字に用いられたパーツの選び方とそれらの組み立て方には、
こちらに読み取ろうという気持ちさえあれば、意外な発想や繊細な情緒まで見出せるはずです。
中国や韓国に渡っていった国字まであります。
こうした国字のたぐいの中から、特にさまざまな情報が詰まっている字を選び、
その歴史や特質をわかりやすく記していきます。
これから一緒に一字ずつ眺めていきましょう。
(著者「はじめに」より)
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