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『ファーブル昆虫記』は子ども向けの入門書と誤解されているが、これは日本で人口に膾炙しているのが子供向けに翻案された児童書だからだ。もともとは全10巻221章に及ぶ長大な自然観察記録である。全部読むのは大変だし、全部読んだ人もそんなに多くはないだろう。ジャン・アンリ・ファーブルという19世紀の南仏プロヴァンス人が生涯をかけて書き留めた昆虫を中心にした自然観察記だが、詩的な感興もあり(実際に彼は詩も書いた)、読んで面白い。ただし、昆虫というものはヨーロッパ人にとっては気持ち悪いもの、あまり見たくないものだったらしく、これほど精緻に観察記録した人もめったにいないので、いろいろな発見に満ちており、のちの生物学などに大いに影響を与えた。ファーブルは生まれたのは1823年なので今年2023年は生誕200年に当たる。本書は生誕200年の記念出版でもある。日本での『ファーブル昆虫記』の完訳は近年では各種翻訳賞を獲得した奥本大三郎氏による集英社版であるが、この本に写真で協力した海野和男氏と編集・校註などで協力した伊地知英信氏が本書の著者である。写真はファーブルの生地プロヴァンスの風景から南仏の昆虫生態写真まで海野氏により長年かけて撮りためた180点以上の美しいカラー写真が収められている。また伊地知英信氏は生物学関係のジャーナリスト・ライターで、翻訳の手伝いを通じてこの本の魅力を誰よりも熟知しているので、『ファーブル昆虫記』の読み方のテーマの本書には格好の著者となっている。
本書の前半はアンリ・ファーブルの生い立ちや『昆虫記』の書かれた19世紀フランスの時代背景などがエピソード豊かに描かれる。プロヴァンスという魅力あふれる場所、ファーブルというかなり頑固だが才能にあふれた学者・詩人の素顔など。本書後半はこの個性的な本の持つ特徴や今でも問いかけている宿題などが解説される。今日的な問題としては、ダーウィンの進化論とファーブルの異論というテーマである。生前に交友があった二人だが、ダーウィン以来の進化適応という近代の生物学の主要な概念に対して、ファーブルは現実の昆虫の観察を通じて、これは最初から備わっている「本能」ではないのか。いや、それ以外に考えられないと自分の考えを曲げなかった。例えば有名な狩りバチが獲物のバッタやクモに麻酔針を刺して仮死状態を作り、そこに自分の卵を産み付け孵化した幼虫に少しづつ腐らない獲物の肉を与えるような仕組みがある。獲物になる虫の腹側にある運動中枢の神経に麻酔針を刺し、動かないようにしてハチの幼虫が押しつぶされないようにうまく配置してハチが成虫になるまで生きた餌を与え続ける能力などどうやって狩りバチは獲得できるのか。そんなに精緻な行動は「本能」というしかないのではないかとファーブルは言う。この問いは今でも有効ではないだろうか。本書は自然を愛するナチュラリストのためのファーブル案内書である。
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