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【敍 章より(抜粋)】
『水滸傳』は、中國文學史上で四大奇書とされる小説で、廣く流傳し、多くの版本が知られる。……本書では、この多くの版本を整理することから始めたい。原本を網羅的に調査し、繼承關係を明らかにして、版本の位置づけを行うことが、本書の中核であり、筆者の研究手法である。
『水滸傳』は、その内容の繁簡により、大きく二つに分けることができる。描寫が詳細なものを「文繁本」、簡略なものを「文簡本」と呼ぶ。文繁本が先で、文簡本が後から成立したとされる。
本書では文繁本を對象にして議論を進めていく。文繁本には、百回本、百二十回本、七十回本がある。……これら文繁本は、さらに二つに分けることができる。一つは、卷と回に分けて、數回分を一卷とする「分卷本」、もう一つは、卷に分けず回だけの「不分卷本」である。分卷本は、たとえば百卷百回本に容與堂刋本(萬?中刋本で、現存最古の版本と考えられる)が知られる。……さて、中國文學研究者による『水滸傳』の研究は、多くが古いテキストである百回本、とりわけ容與堂刋本によってなされてきた。しかしながら、百回本以外は重要ではないかと言うと、そうではない。百二十回本は、まず金聖歎本を考える上でも重要である。金聖歎本は、小説を文學の一ジャンルに作り上げたテキストであった。その金聖歎が用いた底本は百回本ではなく、百二十回本なのである。これまで影響が手薄で重視されてこなかったため、本書では百二十回本を取り上げる。
さらに、日本における需要を考える上でも重要である。曲亭馬琴や幸田露伴が、百二十回本を入手しようとし、多大な關心を寄せていたことは周知の通りである。馬琴や露伴をはじめ、日本文學にどのような影響を與えたのかを考える上でも、百二十回本は重要な意味を持つ。
ところで、百二十回本には『忠義水滸全傳』(以下、『全傳』)と、それを翻刻した『忠義水滸全書』(以下、『全書』)がある。内容はほぼ同じだが、『全傳』、『全書』に見られる個別の特色も有す。……江戸時代から明治時代にかけて、日本で最も多く受容されたのは『全書』である。現存數は『全書』のほうが壓倒的に多い。長い期間に渡り印刷されてきたことから、殘存數が多く、時どきの補修の樣子などを細かく調査することで、明末?初における書肆(本屋)の面白い實態も明らかになった。同一の版本を使って百二十回本と百回本の二種を刋行しようとした可能性が考えられるのである。『水滸傳』の内容のみならず、書肆の活動は研究する價値を有す。
中國における出版については不明なことが多く、これまで先行研究もあまりなされてこなかった。『全書』を刋行した書肆を足がかりに、明?時代の書肆の活動を調査してみると、共同出版や盜版の可能性が高いと思われる事例が存在し、刋行形態を考える上でも、『水滸傳』のみならず廣がりが見られた。
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