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日本近世の様々な文藝の題材となっている遊里。本書では、洒落本、合巻、読本のほか、古川柳、浮
世絵、随筆、漢詩文といった幅広い分野に目を配り、近世中期から明治初期にかけての文藝の中で遊里
や遊女がどのように描かれているか、また読者がそれらの作品をどのように受容したかということを論
じた。従来の文学史では等閑に付されてきた作品を取り上げて、遊里文藝に対する新たな視点を提示す
ることが本書の主たる目的である。
第一部では洒落本『遊子方言』や『甲駅新話』における登場人物の描写を読み解き、先行研究とは異
なる読み方を試みた。また、山東京伝『客衆肝照子』に遺された旧蔵者による書き入れを紹介して、往
時の洒落本の読まれ方を考察した。
第二部では近世後期における吉原への考証趣味と文藝との関係について扱った。特に吉原の歴史や逸
聞を記した写本『異本洞房語園』の諸本を整理し、同書が式亭三馬や笠亭仙果の合巻に趣向を提供して
いたことを論じた。また為永春水の中本型読本『紅葉塚』が先行文藝を利用しつつ近世前期の名妓高尾
を主人公とした物語を展開していることや、それが半紙本に姿を変えて改題され、明治期に至るまで読
み継がれていたことを取り上げた。
第三部では近世後期から明治期の文藝に描かれる遊女に投影された作者の理想を読み解く。上方読本
『艶廓通覧』は、これまで重視されてこなかった作品ながら、『傾城畸人伝』と改題されて明治期まで
読み継がれた作品。同書の諸本を調査して再印、改題の過程を明らかにすると共に、遊女と客の貞節あ
るふるまいを讃える作風に注目した。客に対する遊女の真情を重視する価値観は、明治の漢学者、蒲生
重章による漢文伝記集『近世佳人伝』にも顕著である。作中における漢詩の機能や、近世の文藝からの
影響を指摘しつつ、同書を明治期漢学者による近世遊女礼賛の一例として位置付けた。
附論では、近世中期に清人たちが二代目市川團十郎を題材にして詠んだ詩を載せた写本『清人賞辞文』
の本文成立年代と内容について、従来の説を訂正した。本書は中国唐代の名妓、念奴を典故とする詩を
載せており、式亭三馬と烏亭焉馬が自著で言及している書物でもあるため、遊里文藝の周辺と位置付け
て末尾に附した。
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