古代インドで仏教と同時期に同じ地域で誕生し、今なおインドに存続するジャイナ教。初期仏典においてその祖師マハーヴィーラは六師外道のひとりニガンタ・ナータプッタとされ、主な教義と死亡記事も伝わり、ジャイナ聖典と並行する詩句が多く見られる。インド総人口の0.4%ほどのジャイナ教徒だが、19世紀にはインド民族資本の大部分はジャイナ教徒が占めたと言われ、マハートマ・ガーンディーの非暴力・菜食主義に影響を与えた。本書にはジャイナ教二大分派である白衣派の聖典から、【第Ⅰ篇】には古層文献を、【第Ⅱ篇】には出家者と在家者との戒律文献を、【第Ⅲ篇】には初期仏典と共通する伝承から作られたパエーシ王の物語を、【第Ⅳ篇】にはジャイナ教祖師マハーヴィーラの伝記を収めた。
【第1章】『アーヤーランガ』第一篇は、出家修行者が解脱を達成するため遵守すべき禁欲的修行生活全般を主題とする。なかでも第九章はマハーヴィーラ出家後の厳しい苦行生活を古風な韻文で描いた最古の祖師伝。
【第2章】には『スーヤガダンガ』第一篇第四章と第五章第一節を収めた。前者は男性出家者が女性との接触を避けるべきことを教示し、最初期ジャイナ教のジェンダー観に有意な資料を提供する。後者は最初期ジャイナ教の地獄観を表す資料で、『スッタニパータ』や『マハーバーラタ』、『マヌ法典』にも類似した観念が見出され、当時の地獄観の共通認識を知るうえで欠かすことができない。
【第3章】には『ウッタラッジャーヤー』から古層に属する第一章から第二〇章、そして第二五章を収めた。出家者の生活への心構え、説話、伝説、対話篇、修行論、解脱論や業論といった教学的議論など、仏典にも並行する詩句が見出される。
【第4章】『ダサヴェーヤーリヤ』(十夜経)は基本的教義や出家生活上の規定をまとめた白衣派の古層をなす聖典であり、現在でも出家の儀式を終えた者が最初に学習する派もある。
【第5章】『ウヴァーサガダサーオー』第一章は、白衣派聖典中、最もまとまって在家信者の宗教生活を説く章であるとともに、後に数多く著された在家信者向け行動規範マニュアルの祖型。
【第6章】には、来世を信じず霊魂と身体が同一であると主張するパエーシ王と、ジャイナ教僧ケーシの対話である「パエーシ王物語」(『ラーヤパセーニヤ経』後半部)を収めた。訳注にはこれに並行するパーリ仏典と3本の漢訳仏典との対応箇所を記した。
【第7章】には、白衣派ジャイナ教在家者にもっともよく知られる『ジナチャリヤ』(ジナたちの伝記)からマハーヴィーラ伝を収録。
【第8章】『ヴィヤーハパンナッティ』第九篇第三三章「クンダッガーマ」を収めた。前章においてマハーヴィーラは最初にバラモン族の夫人の胎に宿り、胎児のままクシャトリア族の夫人の胎に移った。本章前半では、最初の母であるバラモン族の夫人と夫がマハーヴィーラと再会し、出家して解脱するまでが描かれる。後半部では、最初の教団分裂を引き起こしたジャマーリの出家から死までが記され、仏典におけるデーヴァダッタの破僧事件を彷彿とさせる。
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