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子どものころ、よく家族で通った温泉の露天風呂。 「どちらから来られたんですか?」祖母が隣の入浴客に話しかける。出会ったばかりの人と友だちのようにおしゃべりをしている。
それを少し不思議に思いながら、幼稚園児だった私もつられて愛想よくあいさつをした。昼間の温泉は眩いほどの光に満ちて、心地よくて穏やかな時間だった。
心地よくて穏やかな時間だった。
東京で写真の仕事を始めて 8 年。目まぐるしい日々の中、時々そこから抜け出して一人旅をするのが息抜きになった。旅先での 出会いは私の心をほぐし、時に背筋を伸ばしてくれた。そんな私に、温泉地への旅を勧めてくれた人がいた。 小さなころから身近にあった温泉。行かない理由は見つからなかった。温泉街、共同浴場、旅館、湯治場、健康ランド、廃泉、山奥の野湯...... 。 行けば行くほど温泉地の奥深さを知り日本中あちこちの温泉にカメラを持って出かける
ことになった。(中略)
2020年、温泉地にも疫病がやってきた。街から人が消え、浴場から笑い声がなくなった。
人々は目の前の人を疑い、交わるのを拒んだ。 なくなっていく浴場や、分断される世界を目にするのは想像以上に心苦しいものだった。知り合いの紹介で訪ねた温泉宿 「いらっしゃい、こんな遠くまでありがとうね」。当たり前に聞いていたその言葉に涙が出そうになる。一人で入るには大きすぎる湯船に心ゆくまで浸かった。ロビーに戻るとご主人たちが談笑している。
「アルコールじゃなくてこの温泉をスプレーすればいいんだよ!」
「手もすべすべになるし、一石二鳥だね。」
真剣に話す姿に、くすっとしてしまう。そうだ、いつだって温泉地=湯場には、 このユーモアと心穏やかになれる時間があったじゃないか。
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