取り寄せ不可
昭和11(1936)年に島根県のとある海辺の農村に生まれた著者は、戦中・戦後の混乱期、故郷の里山や浜辺をかけめぐり、友達との遊びに熱中し、貧しいながらも、大人たちに温かく見守られながら育ちました。父や兄の出征や、父親に連れられての夜通しのイカ漁なども経験します。そして、高校卒業後、大阪に出て、ある大きな会社のサラリーマンとなり、実社会へと足を踏み入れます。時は、神武景気から始まる高度経済成長期のとば口。都会での生活に面喰らいながら、一生懸命に働きます。月賦で背広を買うことも覚え、赤提灯の楽しさも知ります。やがて結婚、子供ももうけ、仕事に習熟するにつれサラリーもあがり、中間管理職となり、北陸の支社を任されるようになり……と仕事の階段を上がっていきます。いわば著者は、田舎から都会に出て来て就職し高度経済成長期を経験した、ごくごく平均的なサラリーマンだったと言えるでしょう。本書は、その「ごくごく平凡なサラリーマン」の人生の記録ですが、その記憶は、当時の給料の額、背広の値段、赤提灯での酔客の姿、夜行寝台特急の名前や到着時間など、まことに詳細かつ具体的です。当時大人だった人たちなら「ああ、そうだった!」とうなづくことでしょうし、当時子供だった人たちなら「親はそうして暮らしていたなあ」と感慨を覚えることでしょう。本書は多くの人たちにとって、そうした「どこか共感をさそう」本だと言えます。今年86歳の著者は、故郷の海底で世の移り変わりを眺めてきたであろう「さざえ」の口を借りて、来し方行く末の感慨をつぶやきます。まことに滋味あふれる自伝エッセイです。
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