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澁澤の「書く=読む」という行為には、「(仏語の)純粋言語を日本語に
よって救い出す」(ベンヤミン「翻訳者の使命」)という運動が働いている。
そのとき、澁澤という「私(わたくし)」性はどこにあるのだろうか。
澁澤の「書く=読む」という行為は「純粋言語」を救出するとともに、
澁澤という「私」性が消滅するのではないかというのが、
筆者が考える澁澤におけるエクリチュール化した「私」の意味である。
このエクリチュール化した「私」は、消滅するとともに
翻訳行為と同様、他者の「純粋言語」にまとわりつく「純粋思考」をも
かぎりなくとりこんでいく。
そして最後には、澁澤の博覧強記の「書く=読む」という行為は、
澁澤の「私」性が消滅して、エクリチュールに他者、評者(筆者)まで
をもまきこんでいく。
究極的にそこに浮上する澁澤の「思考」とはなにか……それを逐語訳的に
翻訳・抽出していくのが本書の眼目なのである。
【目次】
(第1章)サドの自然
(第2章)『夢の宇宙誌』玩具・天使・アンドロギュノス・世界の終り
(第3章)『エロスの解剖』
(第4章)『胡桃の中の世界』
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