倫理に関係する6つのキーワードを著者が集めた物語から読み解いていく.スピードや効率性が重要視される現代だからこそ,迅速さや画ー的なケアではなく,立ち止まってゆっくり考え,振り返ってみようというスローエシックス(slow ethics)の考え方を提唱している.スローエシックスにより人間らしさを改めて問いかけ,それを確認・回復させるきっかけとなる呼びかけの書.
【書評】
表紙をはじめて目にした時,なじみのある「看護のアート」という言葉とともに,「スローエシックス」という聞きなれない言葉がとても新鮮で,興味深く感じたため,私は本書のページを開いた.本書は,著者の母親が体調を崩して入院した病院で,看護師から受けた差別的対応の物語をはじめ,スローエシックスで考察する6 つの要素「感受性」「連帯」「スペース」「持続可能性」「学問(スカラシップ)」「物語」それぞれを表す多くの物語をふんわりと包みこむような装丁と,かわいらしい字体が,紡いでいた.
私は,倫理原則や規範に関する書籍や事例に基づいた解説などを活用し,臨床における看護倫理の問題についての教育および実践を模索してきた.今までは,日常で起きる違和感や社会的な問題に,「真の正義はどこにあるのだろう?」と考えはするが,何か釈然としないまま,「日本の文化だから」「社会の通念だから」とどこかあきらめに近い気持ちでいたように思う.本書を読み進めることで,今そこにある問題をスピーディーに解決することよりも,問題の本質をじっくり考察し,これから先も継続できる倫理的なケア実践を導き出す,スローエシックスこそ,私の釈然としなかった問題に向き合うべき姿勢だったのではないかと感じた.
アイルランド北部の田舎に生まれ育ったという著者の背景から,人種や宗教といった根深い問題をひしひしと感じとることができた.とくに,最後の「物語」の章では,目の前の瀕死の人を助けるか否かで,敵国,異宗教,人種という背景を考えさせられた.著者は諸外国の文化的価値についても的確に考察し,「感受性」の章では,日本人看護師の物語から看護のアートがもつ力を示している.
本書では,章ごとに多くの先人たちの言葉,先行研究を用いて多角的に物語を考察している.ぜひ本書を通じて,看護をとりまく社会的情勢や歴史,文化に見るさまざまな問題を,ゆっくりじっくり考え,倫理的感受性が刺激されていく体験を多くの方に味わってほしいと思える一冊である.
がん看護27巻8号(2022年11-12月号)より転載
評者●松田芳美(山形県がん総合相談支援センター/がん看護専門看護師)
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