破格の世界文学
ラブレー、セルバンテス、スターンといったヨーロッパ文学の異形の系譜につらなり、シュレーゲルらドイツ・ロマン派の思考を刺激した後、現代においても『ブーローニュの森の貴婦人たち』のブレッソン、『ジャックとその主人』のクンデラといった芸術家たちを魅了しつづけてきた、ディドロ最晩年の傑作。フランス18世紀小説の白眉が、新たな訳でよみがえる。
うわべは「主人」とその従者「ジャック」のあてど知れない遍歴譚だ。旅する二人と出会う人びと、散りばめられたエロティックな小噺、首を突っ込む語り手らによる快活、怒涛の会話活劇が繰り広げられるが、とはいえその内実は、破天荒なストーリー展開、逸脱につぐ逸脱……主人はいつになったら、ジャックの恋の話を聞けるのか。「物語性」の決定的な欠如そのものが物語たりえていること、それこそがこの小説の身上だ。
運命論者――だとしても、人は誰しも筋書きのわからない、次の瞬間にはどちらに転ぶとも知れない曖昧な日常を生きている。ある意味ではこの酷薄きわまりない世界を、一片の悲哀を混じえることなくひたすら快活な笑いをもって描ききったこの傑作。装画はよしながふみ。
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