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江戸後期、文化・文政時代に千数百点もの美人画を残した浮世絵師・渓斎英泉。
妖艶で頽廃的な美人画で人気を博し、女好きのチャラい優男として描かれることの多い英泉だが、
本作では心の底に絵師としての矜持を持ち続けた人物として活写される。
魂の師と仰ぐ葛飾北斎に支えられ、果てることのない絵への渇望を心に秘めたその生涯を、
江戸の粋あふれる文体で描き上げる。『稀代の本屋 蔦屋重三郎』に続く傑作時代小説。
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主人はあらためて連作の美人画をめくった。
「浮世絵を扱ってもう二十年近く。これほど癖のつよい美人画があったろうか」
背の高い細身の男が所在なさそうに突っ立っていた。
女子(おなご)のように白い肌のうえ、ととのった目鼻だちをしていた。
伏せたまつ毛が濃くながい。男くさくはないが、ヤワな伊達っぷりというわけでもない。
黒一色、どこでしつらえたのか、生地に撓みや歪み、捻りをくわえた、めったにない着物をまとっている。
だが、珍妙になるどころか気品めいたものが漂い、背丈のある彼によく似合っていた。
もっとも、気位が高そうなうえ、神経も細やかな感じは否めない。
そして、この男も堅気ではなかろう。まともな勤め人のもつ律儀さとはちがう、
鬱屈や危なげなものがみえかくれしていた。
(第一章「前夜」より)
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