人間を支える方言
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福祉と方言との関わりや災害時における方言の役割と課題、また国際化社会での方言のあり方など、コミュニケーション手段としての方言の現状を紹介し、今後の展望を示す。
■「よりよきコミュニケーションのために―第3巻への招待―」より
「人間を支える方言」と題した第3巻は、よりよきコミュニケーションに貢献する方言学について扱う。実践方言学の中でも、とりわけ人間の生存に関わる実用性を重視した課題をテーマにするものであり、「臨床方言学」と呼ぶこともできよう。
日本社会は、毎年、平均寿命が延伸し、世界的にも最も進んだ高齢社会となった。「高齢化」は、今や日本社会を表す重要なキーワードであり、都市・地方の区別なく深刻な問題となっている。特に医療や看護、福祉分野のコミュニケーションにおける方言と共通語の問題は、1990年代から注目され、研究が進められてきた。これは、同一地域に暮らす高齢世代と若者世代の世代間コミュニケーションが円滑に行えなくなってきたことの表れであると同時に、他地域から入り込んだ医療・福祉従事者と地域に暮らす方言話者との意志疎通の難しさを物語るものでもあると言える。
一方、東日本大震災や熊本地震のような大災害に代表される非常時において、方言は被災者と支援者とを「へだてる」言葉となることがわかってきた。支援者が方言を理解できないというコミュニケーション障害が発生したのである。他方で方言は、地元の住民同士を「つなぐ」言葉としての役割を担っている。被災地の人々に心的一体感を与え、地域コミュニティの一員としてのアイデンティティ意識を喚起するものと認知された。多くの方言研究者にとっても、大災害の発生は、まさに「人を支える方言学」の立場からどう社会に向き合うかという大きな課題に正面から取り組む契機となった。
さらに2008年にEPA(経済連携協定)による外国人看護師・介護福祉士が日本各地で就労してからは、命を守るコミュニケーションは、国を越えて起こる異文化接触・異文化理解をも含んだ問題となった。そうした中で、方言の不理解の問題は、日本人同士に留まらず、外国人との間にも生じてきている。また、日本の方言と共通語との関係は、見方を変えれば世界的には大言語が少数言語を圧迫している問題と地続きととらえられ、今後の言語政策における重要な注目点であることは間違いない。
以上のような時代の流れ、社会の変化と呼応するように、人間を支える方言学の必要性が高まってきた。社会に寄り添い、そこで暮らす人々のよりよきコミュニケーションに資するための方言学が誕生することになったのである。そこで、本巻では、方言がもたらす言語生活上の障害や効果について詳しく紹介するとともに、それらをどう克服したり利用したりすることで現代社会に貢献できるかを話題にしていきたい。
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