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野生動物は本来、人間の活動と関係なく生きている。しかしたとえばインドでは、トラやゾウが通る森に暮らす村人は、夜間の外出時にしばしばこれらの野生動物と出くわしてしまうことになる。そういう時は一定の距離をとるのが鉄則となっている。これはいわば「身を守るために保つべき距離」であるが、本書がテーマとする「ソーシャルディスタンス」はこのような距離のことではない。「人間が野生動物の住む世界にできるだけ影響を及ぼさないためにとるべき距離」のことである。人間が支配も管理もできない、またすべきではない野生動物の生命と存在を尊重し、認めることの重要性、つまり「心の距離」という考え方を伝えたくて本書を著した。
本書では、筆者が理事長を務める認定NPO法人「トラ・ゾウ保護基金(JTEF)」の活動を紹介する。JTEFは20年以上前から絶滅の危機にあるトラやゾウ、また2009年からは西表島の生態系をつかさどるイリオモテヤマネコの保護活動を行っている。意外に思われるかもしれないが、野生動物の保護活動の多くは実は人間を対象としている。現場で実動するレンジャー、野生動物と共に暮らす人々、商業価値のある野生動物の違法取引に手を染める業者やその裏にいるマフィア、ルールを都合よくねじ曲げようとする為政者、次世代を担う若者や子どもたちなど、多様な人たちを相手に日々、悪戦苦闘している。
強大となった人間社会はますます陣地を広げ続けているが、新型コロナの蔓延によって改めて「大切なものは何なのか」という問いが提起されたように感じている。傷ついた自然は、野生動物の存在なしに修復することができない。地球全体から見れば、野生の世界が永続できることこそが重要であり、人間の未来もそれなしにはありえない。「トラ・ゾウ保護基金」という小さな団体が積み重ねてきたささやかな努力は、このような大きな目標のためにあることを知っていただきたい。(とがわ・くみ)
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