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未映画化脚本『夢殿』を中心に据えた三本の論考から、重要キーワードを鏤めて諸作品の横断的な読み解きを試みた「事典」、清順も参加した脚本ユニット「具流八郎」をめぐる初めての批評、そして全監督作品の精緻な解説まで。多角的な視点で、日本映画の異形の巨人の全体像を解き明かす!
圧倒的スケールで打ち建てる、映画評論の金字塔!
鈴木清順と聞いて現在、人は何をイメージするだろう、あるいは彼を「何者」と人は定義するだろう。映画監督に決まっている。それはその通り。本書においてそれ以外の相貌で彼が現れることは原則ない。『けんかえれじい』を撮った、もしくは『ツィゴイネルワイゼン』を撮った、伝説的映画監督。映画ファンならそう答える。(…)しかし本書において清順は誰でも「テレビで知ってる」映画監督というその顔のレベルとは違うレベルで存在している。むしろ知らない清順の顔をそこに存在せしめるためにこの本はある。(…)『けんかえれじい』は誰をも親しませる「昔の名作」であると同時にギャップだらけのヘンな現代映画になっている。このちょっとした発見が本書『鈴木清順論 影なき声、声なき影』において清順映画を捉えるキー・コンセプトである。つまり、本書は清順映画のいくつかを伝説の名画や公認の名作でなくするために書かれたものだ。そのとき、清順もまた伝説の映画監督ではなくなっているだろう。(…)デビュー作『勝利をわが手に 港の乾杯』における「裸足」の重要性というのは私しか書いていないし、書く価値があるともそもそも思われていない。(…)同時代の評価というのはあまりにいい加減なものだが、逆に言えば今こそ発見されるべき清順映画がたくさんあるということでもある。要するに清順映画は最初から最後まで魅力的でいつでも誰でも楽しめる娯楽映画。それを皆さまと一緒に楽しみたい、というのが本書唯一の望みなのだ。
(本書「はじめに」より)
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