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『春琴抄』や『細雪』など、日本の古典の記憶に裏打ちされた豊潤な美の世界を描き続けた谷崎潤一郎(1886~1965年)は、当時“無思想”の作家と評された。
日本の近代文学が青年たちの「いかに生きるべきか」という問いを軸に展開する中、谷崎は終始女性の美のみにこだわっていたからである。
しかし谷崎は日本思想史の中できわめて重要な位置を占めている。 『源氏物語』の影響下にあるその作品には、本居宣長の「もののあはれ」の感性の哲学が流れこんでおり、また 一高・帝大時代の盟友であった和辻哲郎の倫理学と谷崎作品とは軌を一にしつつ、ある地点で決定的に岐れる。 さらにその作品に顕著な母性崇拝は、折口信夫が説いた「妣が国」 へ の憧憬とも源を同じくしている。
谷崎の「思想」とは、個性や道徳よりもひとりの女性の蹠(あしのうら)にこそ至上の価値を見出すようなエロスの哲学である。
本書は宣長・和辻・折口を補助線として、谷崎の「哲学」を浮き彫りにする。
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