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筆者は無床診療所の整形外科に勤務をはじめて50年近くなろうとしている.
無床の診療所では腰痛,肩こり,関節痛などいわば日本人の身体愁訴のワーストスリーが診療の主な対象である.とくに中年期以後の女性の慢性腰痛・慢性骨盤痛は多彩で頑固な訴え,客観的所見の乏しさ,治りにくさに筆者の無能をいやというほど知らされてきた. しかしとりくみが進んでいる欧米でも慢性骨盤痛(chronic pelvic pain: CPP)は男性では10%以下であるが女性では約20%以上とされ,婦人科受診者の10%以上を占めているという.腹腔鏡検査の約40%は慢性骨盤痛の精査のためといわれるが,それでも約半数以上は原因不明とされている.所見としてみられる子宮内膜症や腹腔内の癒着が慢性骨盤痛の原因とされ,子宮摘出術や癒着剥離などの手術が行われているが,手術成績は不良である.
このように診断や治療に難渋して,とどかなかった葡萄に悪態をついたキツネのように,厄介な痛み(enigmatic pain),診断の屑籠(diagnostic garbage),20の(多くの)診断名を持つ病気(maladie aux vingt noms)などの報告さえ見られる.
筆者はこの間に多くの患者から,難治性で知られる閉経期以後の女性の腰痛(骨盤痛)は単なる不定愁訴ではなく,愁訴に一致する身体的所見が見られること,自律神経系との関わりが深いことなどを教えられてきた.このため全身的な心身のリラクセーションを中心に診療を行い,その結果を学会や論文・著書「更年期前後の婦人の腰痛」(「整形外科」誌1989),「中高年女性の腰痛」(創風社1999)で報告を行ってきた.
一方近年になって筋筋膜性骨盤痛(myofascial pelvic pain)または筋骨格性骨盤痛(musculoskeletal pelvic pain)としての報告が増加し,慢性骨盤痛に筋骨格系が高率に関連しているとされている.
いわば主として婦人科領域から対象とされてきた慢性骨盤痛が整形外科領域からも積極的にかかわることが必要とされてきている.(「はじめに」より)
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