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九州三大勢力のひとつ、大友氏を支え続けた「豊後の守護神」
敵方より
「吉弘がごとき真の義士は、古今たぐいすくなき事なり」
と称された吉弘統幸の生涯に迫る!
吉弘統幸(よしひろ・むねゆき/1563~1600)とは…
豊後国都甲谷に拠した吉弘家最後の当主。若くして父を亡くし、吉弘家を継ぐ。
西国東の要である屋山城を任され、田原親貫の乱をはじめ多くの合戦で武功をあげた。
槍の名手として知られ、秀吉から皆朱の槍を授かったほどであった。
また、長安寺で仏教を学んで権別当まで務め、
物事の価値を見定めることに優れた人物であった
1600年、統幸はかつての主君・大友義統に従って、別府の石垣原で黒田官兵衛、
細川忠興軍と激戦を繰り広げ、井上九郎右衛門との一騎打ちの末、死を遂げる。
忠義を重んじた生き方は、敵味方問わず称えられ、
細川家は戦場の傍らに石殿を立て、黒田家の記録には「真の義士」と紹介された。
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