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「日本仏教は神道である」というタイトルは、外来の仏教がやがて日本化しますが、この「日本仏教」も、神道も、共に縄文時代以来の日本の土着の信仰(アニミズム)の上に形成されたもので、両者は本質的に同じであるという意味で付けたものです。
縄文時代の1万年あまりの間に日本文明が形成されました。そして弥生時代以来、渡来した外来文化を栄養としながら日本文化は充実し発展してきました。しかし、日本人は外来文化を無批判にとり入れたのではなく、「ある基準」で取捨選択して摂取し変容させて受容しているのです。本書は、このことを仏教の受容を通して考えようとしたものです。
釈迦仏教は現生を「苦」の世界と捉えました。それに対して日本仏教は現生を「真実の世界」と捉えています。そしてセックスさえも堂々と肯定しています。空海が樹立した真言宗の根本経典の一つに『般若理趣経』があります。そこにはセックスの極致を「菩薩の位」と説いています。
空海は山岳・山林で厳しい修行をしました。そこでさまざまな天地自然の真実・真理を獲得したと思います。天地自然にはさまざまな「いのち」が生き、生かされ、「いのち」を継承しています。空海は、天地自然を活動する「いのち」として捉え、そこに真実の姿(実相)を見ているのです。
古今東西の哲人たちは、人生の生き方を考え、導き出した結論は「よく生きる」ことでした。ただ、そこには生まれてから死ぬまでの人生しか念頭にありません。それに対して空海は、「今ある人生」だけではなく、過去から現在へと受け継いできた「いのち」を未来に引き継ぐ、―すなわち、「継承するいのち」という視野で捉えています。その根底にも、天地自然の真理というべき縄文時代以来のアニミズムがあると思います。
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