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本書は、明治期の小学校における唱歌教育を概観し、翻訳唱歌そのものについて、また、翻訳唱歌が当時の唱歌教育の形成ひいては国民形成において果たした役割を論じるものである。
「翻訳唱歌」とは「仰げば尊し」や「蛍の光」などに代表される、西洋の楽曲を日本語に翻訳して学校教育に用いられた歌曲のことである。重要なこととして、翻訳唱歌の歌詞は原曲の歌詞内容を改変したものが多く、必ずしも正確な訳出ではない。しかしたとえば賛美歌歌詞におけるGod という単語が「天皇」に変えられ、大まかな歌詞のストーリーはそのままに「天皇」を讃える歌詞に改変されるなど、原曲歌詞が当時の日本の文脈に合わせて翻案された翻訳唱歌の歌詞も多い。このような翻訳唱歌の歌詞と原曲歌詞との比較分析を中心として、明治期の唱歌教育における「西洋文化の受容と改変」を分析することにより、その差異から明治政府が国民形成を行う上で必要としていた教育要素が導き出され、さらには明治期を通じた唱歌教育の発展を論じることができる。
本書ではこの視点を軸に、明治期の唱歌教育における翻訳唱歌を中心とした「西洋文化の受容と改変」について分析を行った。それにより翻訳唱歌の果たした役割を導き出し、さらには戦前の日本におけるナショナル・アイデンティティを創出するための教育政策、すなわち国民国家創出に向けた国家戦略を明らかにしている。
音楽の教科書を作成したのは文部省の音楽取調掛という部局であった。明治期にはまず官製の『小学唱歌集』が編纂され、その後民間製唱歌教科書も作られるようになった。本書ではまたこうした音楽教科書によって西洋の音楽文化が翻訳唱歌という日本の文脈に合わせた形へと「加工」され、「忠臣愛国」・「儒教的教訓」・「日本の美」・「ジェンダー役割」などが形成されていく過程を論じた。またこうした翻訳唱歌を含む明治時代の唱歌の作成に携わった井澤修二、大和田建樹、田村虎蔵ら音楽教育関係者の業績や彼らの教育観や音楽観についても触れる。
翻訳唱歌によりそれまで存在していなかった「皆で歌える教育的な唱歌」という新しい「国民文化」の「型」が誕生し、その「型」はやがて「故郷」や「富士山」のような『尋常小学唱歌』における日本のオリジナル楽曲へと引き継がれていくのである。
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