患者と医師と薬とのヒポクラテス的出会い 2009ー2012
1~2日で出荷、新刊の場合、発売日以降のお届けになります
怪獣家族画を書きおえた私たちは、病棟から運動場の草原に出た。一仕事を終えた後というくつろぎが私にはあった。彼にもあったにちがいない。彼の第一声は、「今日は空が広いですね」であった。その抑揚もテンポも何もかも、今も忘れられない。
こういう感動にいつまでも酔いしれていては治療者はつとまらない。我に返って第一に考えるべきは、いかにして日常に戻ってもらうかである。傷は好ましい傷であっても──抗生物質到来以前には「好ましい膿」と「好ましくない膿」との確実な区別が医師に求められていた。精神医学では「今も」というべきであろう──包帯(今はラップか)をしなければならない。そこで、その日のうちに細木先生に会ってもらった。私は患者を軟着陸させるこの臨床心理士の力に全幅の信頼を置いていた。頼ったといってもよい。
先生は、私に告げた。「ロールシャッハをやってみたよ、面白いというから。不思議なことに攻撃性のサインが全然ない」。私に疲れがドーッと出た。彼はもっとだろう。それが快い疲れでありますように、と私は祈った。さいわい、彼は深くぐっすり眠ったように聞いている。いつもとちがって特別の記載が看護日誌になかった。
(「病棟深夜の長い叫び」2010)
自らの精神医学の実践の軌跡をたどる、シリーズ最終巻。
よく利用するジャンルを設定できます。
「+」ボタンからジャンル(検索条件)を絞って検索してください。
表示の並び替えができます。