『幸福論』ほかの著書で知られるフランスの哲学者アランにとって、定義への試みはその出発点であり、目的であった。簡潔さ、厳密さに到達した定義は、静かな力づよさを獲得する。これはアランの一生の仕事であった。ABATTEMENT(落胆)からRELIGION(宗教)まで、アランが本書で表した210語の定義は、ものとことばと思想との関連をみごとに示している。ここには日々の経験を普遍的なものへ高める知性と勇気がある。
フランスと日本の間で経験と思索を独自の言語表現にまで高めた哲学者、本書の訳者、森有正は、著書で「定義だけが人間に真理を与えてくれると思うようになった」(『バビロンの流れのほとりにて』)と遺している。また、本書収録の所雄章(編者・哲学研究者)との対談で、辻邦生(小説家)は「(森さんは)アランの『定義集』を訳すというような形で、自分の到達したものに内容を与えようとした」と考えている。生涯の重要な仕事として訳業をすすめ、1988年にその遺稿がまとめられた本書は、21世紀の日本においても、人間がいかに生きるべきかについて、日々の具体的な施策から組み立てることの重要性を示唆している。
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