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1970年代から90年代、高度経済成長の直前もしくは途上にあったシンガポール、マレーシア、フィリピン、タイの華人社会、さらには台湾、中国本土をも実地調査し、童?(タンキー)と呼ばれるシャーマンの実像に迫った、現在では得がたい貴重な記録と、その分析の集大成。
童?(タンキー)は華人社会の大衆の宗教生活においては、きわめて重要な存在である、というよりも、ある意味において不可欠の存在である。このことは、シンガポール、マレーシア、台湾などにおける童?廟または童?が関与する寺廟で展開されるセアンスのたいへんな盛況ぶりを見れば一目瞭然であろう。童?の憑霊を通して神仏の意思や判断を直接知り、神仏によって直接儀礼を施行してもらうことが、華人大衆の宗教生活の最重要部分であると見られる。シンガポールだけで童?廟が数百あると推定されていること自体、その重要性を示唆するものといえよう(本書より)。
中国の宗教と言えば、儒教・仏教・道教がよく知られている。そしてこの三教が一致するという思想が生まれたのは唐末とも南宋代とも言われ、この思想傾向は近現代の中国ではさらに強まっているようである。しかし本書で実際に取り上げた現代華人の宗教観はさらにその先を行っており、その実態は今まで外部にはほとんど知られていなかったのか実情である。
大多数の華人は儒教・仏教・道教の区別にとらわれず、彼らの必要に応じて柔軟に様々な神にかかわろうとする「神教」を信奉する。「神教」とは、主に華人大衆に見られる宗教心・世界観・宗教行動の範疇を意味しており、この神教の中核をなすのが本書で主に取り上げる童?信仰である。
童?信仰とは著者が命名した概念で、「神霊の憑依により儀礼中しばしば神霊自身と見なされる童?と、依頼者・信者との様々な関係よりなる一つの宗教形態」と定義したが、中国的シャーマニズムと言い換えることもできる。童?は激しいトランスを経て神と一体化し、神として依頼者の悩みごとや質問などに託宣を下す。そしてこの憑依する神霊は童?ごとに異なるが、これが儒教・仏教・道教をはじめ様々な神仏に及ぶのである。童?の中には自らに憑依する神がどの宗教に由来するのかを知らない者も多い。その依頼者もまた然りである。
本書では、第一部で東南アジア各地の華人社会と中国本土・台湾を著者自らが20年以上にわたりフィールドワークした結果の紹介と考察を通して童?信仰の実態を浮き彫りにする。第二部では第一部の成果を踏まえて、各地の調査結果の比較を行ない、多様化した原因の解明とその全体像・本質の把握に努めている。
シャーマニズム研究の第一人者である著者のライフワークを通して、いまや世界経済の中心と言っても過言ではない現代華人の精神性、その根底にあるものが明らかになる。
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