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〈他者を知りたい、そう思わずして写真は撮れない。でもだからと言って言葉が、写真と同じ眼差しを持つとは限らない。
奥山さんは水底で自身を問うように、一なるものをモノローグして、確かめる。驚くばかりの誠実な持続である。〉
――小栗康平(映画監督)
写真家である著者は、北海道の丸太小屋で自給自足の生活を営み、糧を生みだす庭とともに暮らす「弁造さん」の姿を14年にわたり撮影しつづけた。
弁造さんの“生きること”を思い紡がれた24篇の記憶の物語と40点の写真。
人が人と出会ったことの豊かさを伝える、心揺さぶる写文集。
「弁造さんの部屋に入ると空箱とか紙切れとか床の上を占めているよくわからないものを脇によけて、僕はいつもの場所に腰を下ろした。それは部屋にひとつだけある窓の前、部屋の中央にどんと居座っているイーゼルの脇のわずかな隙間といってよい場所だった。たった一部屋しかない丸太小屋は全体でわずか十畳ほどだろうか。その空間のなかに食事を作るための流しと食事スペース、冷蔵庫、トイレとお風呂、クローゼット、ベッド、薪ストーブと暮らしていくうえで必要なすべてが揃っていた。生きていくうえで必要のないものを挙げるとしたら、それはイーゼルをはじめとする絵を描く道具だろうか。でも、これは弁造さんにとっては、冷蔵庫や風呂などとは比べようもないほど大切なものだった。イーゼルは、窓からの光を一番受けやすい場所に立っていて、ベッドからもよく見えた。
弁造さんは、ベッドに腰掛けながら、あるいは横になりながら、室内でいる時間のほとんどをこのイーゼルを眺めながら過ごしているようだった。そして、イーゼルにはいつだって絵が掛けられていた。鉛筆でざらざらと描かれているスケッチブックが造作無く置かれているときもあったし、色が塗られたベニヤ板やキャンバスが重ねて置かれていることもあった。共通しているのは、それがいつも完成していないことだった。でも、だからなのだろうか。絵は逆に生々しく弁造さんの今という時間を伝えているような気もした。
僕は無意識のうちに、イーゼルに置かれている絵が何であるのかを最初に確認するようになった」(本文より)
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