『笈の小文』は、研究史が実証するように、不幸な運命をたどった。芭蕉が推敲途上に放棄した未定稿かと久しく言われ、一方で、出版に関わった乙州の編集物ではないかとの指摘もなされ、二説並存を視野に入れつつ、半世紀近くを空費して、研究は、いまだ出発点に佇んでいる。このたびの本書では、右の議論の出発点に立って、まず、底本を版本に定め、作品中に点在する難解かつ不可解な表記や文章に、ひとまず回答を与えてみようとする初めての試みである。「評釈篇」は、影印・翻刻・校訂本文・概要・語釈・通釈・補説の構成をとり、これからの作品論へ向けた問題提起を含む。「資料篇」は、『笈の小文』の理解を助けるための旅の行程や、発句の入集俳書を一覧し、あわせて現存諸本の位置づけと本文の対校表を用意した。なぜ、本書が底本に版本を選んだかの理由は、ここで明らかになるであろう。なお、このたびの刊行にあたり、伊賀市所蔵のいわゆる沖森本の全文を初めて影印と翻刻で紹介する。
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