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「はじめに」より抜粋
臨床家はどのように苦悩する患者に出会うのか? 苦悩する患者とのやり取りで,臨床家自身も傷つきを背負うかもしれない中で,臨床家はどのようにして患者に向き合うのか? 人は人であろうとする限り傷つきやすく,脆弱である。それでも臨床家は人として患者に出会い,人としての悲しみに付き合う。その出会いとは何だろうか。精神分析や精神分析的心理療法に携わる臨床家は,意外にも,そうしたことをそれほど深く考えてこなかった。本書は,精神分析や精神分析的心理療法に携わる専門家とともに,その臨床実践を倫理という側面から考えようとするものである。これはもちろん,精神分析に限らず,精神医学やその他の心理療法に携わる臨床家,そして,医療や福祉,教育,司法領域で人に向き合うさまざまな専門家と共有されるテーマである。
倫理といっても,本書で述べるそれは,臨床実践上の原則(倫理綱領)や,道徳心の発達理論といったものではない。それは,人が人と出会うところにすべてが生まれるという視座から,臨床上のさまざまな問題を検証しようとするものである。言い換えれば本書は,そういった視座から精神分析の理論体系や臨床実践を見直し,私たちの仕事がどのようなものなのかを記述しようとするものである。
本書を読み始めると読者はすぐに,倫理的転回は関係性への転回と深いつながりがあり,その発展形であることを理解するだろう。第4章で詳しく論じるように,倫理的転回は,関係性への転回を生み出した関係精神分析,フェミニズム精神分析,間主観性システム理論の発展形である。こうした理論は,臨床実践がその患者とその治療者のその関係の文脈に組み込まれたものであることを明らかにし,二者関係プロセスを詳細に記述してきた。倫理的転回は,患者と治療者の出会いが関係プロセスや精神分析的理解をどのように生み出し臨床実践をどのように人間的にし,非人間的にするのかを検証しようとするものである。そういった立場から,ほとんどの章では,さまざまな精神分析の概念や作業を関係性の視座から整理し,そのうえでそれを倫理的視座からとらえなおすという流れになっている。読者は,関係性の視座がどのように倫理的視座へと移り行くのかに注目しながら読み進めてもらいたい。
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