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北海道日高山脈の麓に平取【びらとり】という町がある。「ビラ(崖)・ウトゥル(間)」という意味をもつアイヌ語由来の地名で、多くの伝承の遺跡の残る町である。アイヌで初の国会議員となり、民族の言葉と文化の継承に尽力された萱野茂【かやのしげる】氏の出身地といえばわかりやすいだろうか。
その町に1945年8月15日の敗戦直後に移り住み、人々との交流のなかでアイヌの自然と心に触れ、それを戦後日本の社会に生きる自己の寄辺として、また罪過として受けとめた少年がいた。少年は後に歌人となり、自然に根ざした清新な歌をうたった。名を小中英之といい1970年代から80年代にかけて歌壇では一世を風靡した人物である。
筆者はその人の短歌を通してアイヌの世界に出会った。最初は曖昧な予感として。予感はやがて確信に変わった。そして、その歌に刻まれた面影の源を探っているうちに、広大なアイヌモシリ(アイヌの大地)に今も脈々と流れているユーカラ(口承の叙事詩)の世界に出会った。また明治期から始まる侵略と同化政策による過酷な歴史のなかで言葉を奪われながらも、人々が連綿と紡ぎ続けてきた抵抗と祈りの言葉の世界が広がっていることを知った。
本書はそのようなところから生まれたアイヌの世界をめぐる出会いの旅の記録である。小中英之の短歌の成立についてのエッセイと、バチラー八重子、違星北斗【いぼしほくと】、鳩沢佐美夫、佐々木昌雄という近現代のアイヌ文学を代表する四人の作家について書いた文章を収めている。今ここに四人とまとめて書くのが憚られるほど背景となる時代も問題意識もさまざまで、テキスト自体も不安定なのだが、それも含めて、かれらがいかに困難な状況に置かれているか、にもかかわらず筆者の胸を揺すぶったかということを伝えたいと思う。
政治的な背景をもつ極めて理不尽なことゆえに、ただ伝えたいという思いがある。伝承のユーカラのように、一人語りの思いを紡ぐ言葉がより大きな輪となって広がってゆくことを願っている。(あまくさ・きこう)
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