「どうしても今晩のうちに出かけていって、あなたの心に語りかけずにはいられません」。マールブルク大学の教授ハイデガーは、入学まもない女子学生に一目で恋をし、1925年2月、この最初の手紙を書いた。
本書に切り取られた時間は50年。その間、三つの「高まり」の時期があり、本書もそれに沿って構成されている。第一期は最初の恋の体験。それはおずおずと内気だったアーレントにとって、「カプセル」内で孤立する自縛からの解放であり、ハイデガーにとっては、「デモーニッシュなもの」に掴まれた体験で、彼はこの力を『存在と時間』の執筆に創造的に活用することになる。
第二期(再会)は、時代の政治状況に起因する20年の休止期間を経て1950年から数年。とくにハイデガーの手紙は、この時期の彼の伝記的事実にかんする宝庫である。
第三期(秋)はアーレントの死まで、最後の10年。「人生からの引退」が双方の心を占め、基調底音は「静けさ」であった。アーレントの『精神の生活』はこの時期に構想されている。
ふたりにとって、「仕事」と「人生」がどれほど強く綯い合わされていたか、本書はそれを納得させてくれる。さらに、「判断の国の女王」(ルッツ)と「思索の国の王」のダイアローグは、20世紀精神史のなかでモザイク状だったふたりの肖像を完成させ、ヤスパースやメルロ=ポンティなどとの関係と布置についても、さらに多くを明らかにするだろう。
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