すでに半世紀以上前に亡くなっている山田わかの人生が多角的にかつ細やかに照らし出されているところに強く引き込まれるものを感じた。
売春を強いられそれを自己ナラティブの底に沈めて生き続けざるを得なかったわかもいれば、母性を礼賛しつつ戦時という時代状況下で次第に国家主義に傾倒していったわかもいる。
それらは、遠い過去の出来事というよりも、私たちがこの二十一世紀の日本で直面していることとどこかで響き合うものである。私は山田わかという視点から、自分と自分の社会を見直す。それはこれまで見落とされていた側面を照らし出してくれる新たな視点である。
――能智正博(東京大学大学院教授) 本書解説より
女性思想家・運動家 山田わかの基本図書。劇的な人生を描く決定的な評伝。
〝奪われた性〟から〝愛国女性〟へ。「愛」と「殖やす」の違和感。
山田わか(1879-1957)の思想から、21世紀の産み育てる性を〝私も〟考える。
教育とケアに関するテキストにも最適。
本書は、劇的な人生を生きた山田わかの基本図書であり、一般読者にも開かれた決定的な評伝として、生きることと愛、産み育てとケア、国家をテーマとした第一線の研究者による貴重な書籍である。
山田わかは、明治12年、神奈川県横須賀で生まれた。若くして結婚と離婚をし、職を求め18歳でアメリカに行く。しかし、騙されてシアトルで「売春婦」に――。性暴力の被害女性として、サンフランシスコにあるキリスト教系の施設に避難しキリスト教に入信。帰国後、宗教的な使命から母と子どもへのケア、愛の力を崇拝して「保育園や母子寮」の設置等の福祉事業をなしていく。
しかし、国家主義的な母性保護を推進するため、これを批判する与謝野晶子、山川菊栄と対立し、平塚らいてうと共に歴史的な「母性保護論争」に発展する。やがて、戦時国家への協力、ドイツのナチズム等のファシズム体制とも親密になっていくのである。
彼女の存在は国家と教育、子育てとケア、グローバルで国際的な運動等の諸問題に足跡と課題を残す。性暴力の被害女性であり当事者である彼女が、どのようにケアと「国家」を志向するに至ったか。産み育て、ケア、人権とフェミニズムの暗部ともいえる彼女の思想を再考し、21世紀への新たな問題提議を図る。現在の日本では、国家による最重要の課題の一つとして、「少子高齢化対策」が叫ばれているが、産み育てやケア、結婚は、現代にどうあるべきであろうか。わかの議論は、恋愛、結婚、産み育てから、出産、中絶にまでおよび、愛国、保守思想を踏まえて論じている。今日、教育やケアのトピックは、子育て、保育といった問題から、不倫に対するモラルのあり方、戦前の教育勅語の復権、さらには保守の立場から桜井よし子や曽野綾子といった論客に至るまでが、メディアを賑わしている。本書において、この国家と教育、子育てとケアの思想が、山田わかの生涯を通して鮮やかに論じられて批評されている。
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