田舎へ行つて来いと言われたとき都築明はすぐ少年の頃、何度も夏を過しに行つた信州のO村のことを考へた。
明はその元は宿場だつた古い村に、牡丹屋といふ夏の間学生達を泊めてゐた大きな宿のあつた事を思ひ出して、それへ問ひ合はせて見ると、いつでも来てくれと云つて寄したので、四月の初め、明は正式に休暇を貰つて信州への旅を決行した。
明の乗つた信越線の汽車が桑畑のおほい上州を過ぎて、いよいよ信州へはひると、急にまだ冬枯れたままの、山陰などには斑雪の残つてゐる、いかにも山国らしい景色に変り出した。明はその夕方近く、雪解けあとの異様な赭肌をした浅間山を近か近かと背にした、或小さな谷間の停車場に下りた。(『菜穂子』より)
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