中期
笑坂、女街道、分去れ……信濃追分の地理と風物を背景に、かの地で遭遇した不可思議な体験を描く「煙霊」「石尊行」。団地のそばの川を遡ることは時間を遡ることに似て、わたしの記憶はいつしか少年期を過ごした生まれ故郷の朝鮮北部へと導かれていく。望郷と断念の交錯する「二色刷りの時間」のなかでとらえた人間存在の喜劇性と不思議を、安らぎに満ちた筆致で描いた「思い川」。かつて信濃追分宿に実在し、隠れキリシタンであったがゆえに処刑されたという遊女・吉野大夫。二百年前の伝説を探し求め、定かならぬ伝承のラビリンスに足を踏み入れたわたしだったが、その正体はようとしてつかめぬまま小説は次々と脱線と増殖を重ねていく……谷崎潤一郎賞受賞作「吉野大夫」ほか、全11作を収録。
月報=金井美恵子・佐伯一麦・朝吹真理子
装画=タダジュン
装訂=川名潤(prigraphics)
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