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精神医学は人の異常行動を対象とする学問です。人は社会の中で行動を通貨のように使用しながら生活を営んでいます。人は社会という外界から受ける刺激を認知することにより適切な行動を選択しますので、認知と行動は一体となり互いに影響しながら社会生活の通貨として機能しています。
人の行動は少なからず無意識により規定されていることも知っておかねばなりません。その人の心理的状態によっても行動は変化します。同じ外的刺激に対する行動であっても、教育レベルや経験によって異なる行動を示します。また、その人の癖や嗜好や性格によっても外界に対する反応は異なります。癖や嗜好や性格により自分の行動が影響されていることについてはあまり意識されていないかもしれません。精神疾患は外界刺激の認知機能を大きく変化させることにより、その人の行動を変化させますし、精神疾患により人の行動パタンは大きく変化します。異常行動を直接の対象とする精神医学にとって、認知機能が極めて重要であることをご理解いただけると思います。
認知機能とは、外界からの刺激や情報を基にして自分の反応・行為・行動を決定する機能のことであり、注意力、実行機能、記憶・学習、言語、知覚・運動、社会認知などが含まれます。
私は、精神科医となってからこれまで三十六年間臨床と研究に携わってきましたが、その活動のすべては人の認知機能を理解することであったと言っても過言ではありません。専門としてきたアルツハイマー病は認知機能障害が前景に出ている病気ですが、多くの精神疾患においても認知機能の障害が注目されるようになりました。統合失調症患者では注意力、言語性記憶、実行機能、言語流暢性などが健常者と比較して低下しています。うつ病、不安障害、双極性障害でも、注意機能を中心に多くの認知機能障害が見られます。うつ病ではうつエピソードを繰り返すほど遅延再生記憶が障害されることが知られています。
本書は、これまでの研究生活の間に書き溜めた文章を一冊にまとめたものですが、エッセイや論考の多くが、人の認知機能を理解したいという想いにより紡がれているように思います。大阪大学の定年を迎える機会に編纂した本書には、自分の生い立ちと、自分を育て上げていただいた先生方のこと、そして、良書に巡り合った際に寄稿させていただいた書評の一部をも掲載することにいたしました。思い返しますと、精神科医となった翌年にDSM-Ⅲ(一九八〇)が発表され、DSM-Ⅳ(一九九四)、DSM-5(二〇一三)の改訂作業を通じて、私が経験した精神医学は、サイエンスとしての基盤を確立しようとして進んできた時代でありました。サイエンスとなるためには精神疾患の正確で妥当な診断がまず必要とされました。診断の信頼性を高めようとするあまりに極端に操作的診断基準を取り入れすぎたのかもしれません。これからの精神医学には、ようやくサイエンスの対象として評価できるようになった診断の信頼性を犠牲にすることなく、診断の妥当性をサイエンスとして検証していくことが求められます。 (序文より)
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