取り寄せ不可
肖像画は人間への尽きぬ興味を起こさせる。画家、田村哲男は、これまで16000枚以上の肖像を描いてきたという。これは「日本一ネット」(日本版ギネス)に記録されているから、彼の精力的な作品に驚嘆せざるを得ないだろう。
徹底して写実にこだわる田村哲男。画家の作品群の主役は、女性の立像や半身像だが、自画像も見出させる。1980年代の《想》において、単色の背景を前にした、思いにふける若き女性の清楚な表情は、衣服とコントラストを成す鮮やかな朱赤のマフラーによって、ひときわ視覚に印象づける。そのほかの作品において背景は、室内、風景、あるいは半具象的、ファンタスティックなものなどが加えられるが、これらによって人物像の内面が浮かび上がる。アトリエの自画像は、創造者としてのストイックな内面性を表しているし、《回想》(2006)は《想》より深化させ、ヨーロッパ風景におけるエトランゼの思いの表情に、過ぎ去りし詩情を静かに滲ませるのだ。
しかし、これらの作品のヴァリエーションに対し、《容》と《淑》(2008)は意欲的な試みが見られる。これは明らかにペアを成している。衣服の異なる、すらりとした女性は向き合いながら立ち、表情の目指しも異なり、また壁に貼られた花瓶の花の絵も、ペアを成して、一枚の絵となる。対立的にして統一的、調和的なユニークな画面構成は、女性の生のさまざまな感情に振幅性を与えることで、その生のリアリティーを、画家は言う「異空間」に定着させるのである。
2010年代に入ると、画家の作品群は従来のモチーフを発展的に継承しながら、より内省的になっている。《憶う》(2011)における座像の女性も、《座像の調べ》(2012)の正面向きの女性も、そして第48回一期展において文部科学大臣賞に輝いた《ひととき》(2013)の読書する若い女性の立像も、共に室内空間の静謐な生の純粋時間に向かっている。
作品群の熟達した技法と、きわめて洗練された色彩感覚。画家、田村哲男は、その力量によって、今後さらなる新たな肖像画に挑戦してゆくだろう。
序文「新たな肖像画の試み - 田村哲男の世界」(美術評論家・佃 堅輔)より
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