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遠近法はルネサンス期に完成し、人間を歴史の主人公とし、人間を近代的「主体」として振る舞わせる思考様式に大きく寄与したといわれる。
しかし、自身も造形作家である著者は、本当にそうだろうか? と問い返し、ブルネレスキやマサッチオら、ルネサンスの天才たちが創造した建築や絵画を見つめ直し、精緻な分析を加えていく。とりわけブルネレスキが作ったフィレンツェのサン・マルコ大聖堂のクーポラとマサッチオらが描いたブランカッチ礼拝堂の壁画が入念に解読される。
そこから導かれる解答は驚くべきものである。
遠近法によって描かれていると考えられていた絵画は、常に遠近法が崩壊し、分裂していくことを必然的にはらんでおり、しかも、それを描いた画家たちは、そのことが起きることを踏まえた上で、崩壊し、分裂した遠近法的空間をいかにして再び統一するような平面(それは当然、2次元にはとどまらない)を見る者に再創造させるかに没頭していた、というのだ。ルネサンスの芸術家の本当の偉大さはそこにある。
このことがあてはまるのは絵画だけではない。建築、彫刻、音楽、文学などあらゆる芸術に応用可能であることが示される。そして、その再創造される平面を現実の世界に出現させることにこそ、芸術の可能性があり、そこにしか芸術の使命はない、と著者は書く。
しかし、この本は芸術のみについて書かれた本ではない。
たとえば、遠近法的空間とその崩壊と分裂の背後にいつも潜在的に控えている平面の関係は、デカルトのような近代哲学が中心においた「主体」とカントが提示した超越論的統覚の関係のアナロジーとしても読めるだろう。
すなわち、本書は「もうひとつの考え方」「もうひとつの生き方」を探求する人の座右の書となるべき恐るべき書物である。
文庫版あとがきとして、驚くべき新知見が加えられ、10年以上の時を経て、「奇跡的著作」が甦った。解説・斎藤環
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