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"序
この本はJorge R. Petitによる""Handbook of Emergency Psychiatry""を翻訳したものである。著者のPetit先生はMount Sinai医学校,North General Hospitalの精神科教授であるが,研修医の時代から精神科救急医療に携わった長い経験に基づいて書かれた実践書であり,かつその実践を裏書きするevidenceが示された学術書でもある。
精神科救急の現場は時には緊張に満ち,時には即断を求められ,また時には素早い対応が必要なことも少なくないが,そのような精神科救急の中に,一般精神医学,特に急性期精神医学のすべてが凝縮されていると感じていたが,本書を読むと改めてそのことを強く意識する。
一般に精神医学は曖昧としていて分かりづらく,診断も長い経過を見ながら確定する,そんなファジーな側面の多い学問と評されてきたことも確かである。しかし,救急精神医学はそのような一般精神医学の対極に位置づけられる,具体性に富む精神医学であり,医療であるということが出来る。ある意味では,救急精神医学は一般精神医学を補強する,実践性に富んだ領域である。
精神科救急の現場においては,精神疾患か,内科的疾患か,背景に器質的なものが存在するのか否かを判断することも多く,単に精神医学的知識にとどまらず,広く医学的な知識が求められる。そして時には,心理社会的背景や家族力動や社会経済的状況も頭に思い浮かべることも必要となる。
たとえば診断ひとつを取り上げても,このように,ふだん一般精神医学で行っていることが極めて短時間のうちに,総合的に判断することが必要とされるという意味で,救急精神医学には一般精神医学が極めて濃厚な形で凝縮されているといえるのである。
昨今,救急の医療現場に精神科医の存在が求められている。その理由のひとつに精神疾患の患者や精神的な問題を抱える人,自殺関連の救急患者が少なくないことなどがあげられる。しかし現状は必ずしもすべての救急医療の場に,精神科医が常駐するとは限らない。そのような意味で,身体科の医師にも精神医学的な対応についての素養が求められている。
特に,救急の現場には,精神症状の背景に器質的な疾患を持つ患者,あるいは内科疾患を基盤として生ずる精神症状,薬物関連,虐待,家庭内暴力など,ありとあらゆる患者が訪れる。そのような患者を的確に判断し,対応するためには,精神科医,身体科の医師を問わず,すべての医師が精神科救急の素養を身につけることが求められよう。
そのような要請に十分応えられるように書かれた本書は,たとえば,現場ですぐ参照できるように必要なことが表にまとめられ,対処法も簡潔に,評価法も添えて,具体的な治療法が記載されているなど,practical medicineとしても十分役立つ書である。
本書が精神科救急のみならず,広く救急医学・医療の充実に寄与することを願っている。
平成23年3月
埼玉医科大学 学長
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