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不世出のソプラノが波瀾に富んだ半生の機微を語りつくした決定版自叙伝!
キルステン・フラグスタート(1895~1962)はヴァグナー歌いとしてよく知られているが、これまで彼女の伝記が日本で出版されたことはなかった。本書は『Flagstad Manuscript』(1952年)の翻訳であり、フラグスタート自身が生い立ちから1952年までの半生について語ったことを、アメリカの音楽評論家ルイ・ビアンコリー(1907~92)が一冊の自叙伝としてまとめたものである。彼女の人生は、歌手としても、一人の女性としても決して平坦ではなかった。若いころの声は、力強く朗々と響くものではなく、か細くて軽かった。ヴァグナーを歌うのは30歳代半ばからである。それまでは、オペラ(イタリア・オペラを含む)だけでなく、オペレッタ、さらに生活のためにミュージカルまで歌っていた。まさに、たたき上げの歌手だったのだ。彼女は、第二次世界大戦によって大きな影響を被った。1940年に祖国ノルウェーがナチスに占領されてから暗雲がたちこめ、中傷、夫の逮捕・死、演奏活動の妨害などによって、戦後に至るまで苦しむことになる。彼女はこれらの出来事について、自身の感想や考えなど思いのたけを語っているが、このあたりが本書を、有名歌手の自叙伝にとどまらない、波乱に富んだ女性の人生を描いた陰影のある読み物にしている。本書は、彼女の自画像とも言える。ここから感じられるその人となりは、喜び、悩み、怒り、恋をし、ユーモアもある、生き生きとしたごく普通の女性である。彼女の後継者と言われたビルギット・ニルソンはフラグスタートの印象を、その著書『ビルギット・ニルソン』(市原和子訳、春秋社、2008年)で次のように語っている。「シンプルで飾らない彼女は、ノルウェーの普通の女性そのもの」。本書を読んだあとで彼女の録音を聴くと、今までとは違って聴こえることだろう。
(訳者 田村 哲雄)
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