13世紀の仏王伝を通し、「記憶の生産」=伝記から全体史を構築!
本書は、「新しい歴史」や歴史人類学の旗振り役と見なされてきた著者が、20年以上にもおよぶ準備を重ねて1996年に完成させた、巨大な歴史学的伝記である。
聖王ルイとは、13世紀フランス王であるルイ9 世であるが、その死後わずか30年たらずで、教会から正式に列聖されたという特異な存在でもあった。歴代の王のなかでもっとも大きな人気を博する存在で、いわばフランス史上の最も著名な人物である。
この大河ドラマ的主人公を相手に、アナール学派の代表的な人物が伝記を書くという行為は、一見奇妙に感じられるかもしれない。20世紀歴史学、とりわけアナール学派は、政治史上の大人物を主人公とする事件史を激しく排斥して、社会経済史、心性・人類学的歴史など、より「深層の」歴史研究を標榜してきたからである。
著者は、ブルデューやレーヴィなどによりながら「伝記」それ自体の言説構造を問うとともに、「全体史」に関わる方法論的考察を繰り広げた上で、歴史学的「伝記」の、あるモデルを実践している。しかしながら、本書の「現代性」は、むしろ「記憶と歴史」の問題系により鮮明に現れているように思える。本書で繰り返し吟味される「トポスのなか聖王ルイ」は、言説上の問題であるとともに、より直接には「権力」の問題でもあり、さらには、言説と現実との間の問題でもあった。その他にも、現代の歴史学の基礎そのものが問われているようにも見える箇所が少なくない。
そして最後に本書は、むつかしいことは抜きにして「読んで面白い」。近代西欧形成の準備過程でも、近代批判のための材料としての「冷たい社会」でもない、奇妙でありながらも特有のかたちで洗練されたある文明の姿を味わうことができる。
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